晶ギター

3.11後すぐに始まった計画停電。

物質主義の最たる先進国であるはずだった日本が、必要なものは全て必要な時に手に入ることが当たり前だった東京が、今現在、それ自体がまるで夢だったのか、はたまたこの現状こそが夢なのか、それさえ判別つかない状況の毎日を送っている。

両極端の精密な情報がお互いの正義と正当性を振りかざして戦っている。その狭間で専門家でもない自分はその戦いに一見参戦している様で実は傍観することしか出来ない庶民の一人。

おそらく皆が考えたであろう一つの命題、、、

今自分に出来る生き方とは何なのか。。。

僕は3.11以降、数日間、音楽に向き合うことも出来ずただただ情報を追っかけ見守っていた。それしか出来ることが思いつかなかったから。不確定に起こる余震に完全にペースを掌握され、されるが侭に揺さぶられた。

日々ストレスとプレッシャーが迫り、僕も音楽に救いを求めた。そこで僕は今までの人生では聴こえてこなかった音を聴いた。音楽が自分の中で初めて音楽の本当の役割を務め始めた気がした。そして結局僕にできる専門は音楽表現なんだと改めて自覚した。

計画停電が政策として発表されたとき、電気を使うライブなどは自粛ムードに飲み込まれた。今逼迫している電気の節約に国民として協力することは当然のことだ。ここにきて電気との関わり方を見直すことも良い機会だと思う。では、僕らどのように音楽表現を活動として進めていけばいいのだろう。

あ、

Conguero Tres Hoofersは誰も電気を必要とせず表現できるじゃん。。。

だとしてもガットギターの生音ではタップやパーカッションの生音の大きさには敵わない。そこで16日、生音で大きい音が出るギターを探した。

すると一件だけとてもユニークな作りのギターを見つけた。サイドにモニター孔の空いたギター。それが晶ギター

17日に連絡を取り事情を説明すると快く承諾して下さり18日には晶ギターの事務所を訪ねる事に。

生音で最大限の音量を稼ぐためにブリッジをアルミ製に改造してもくれた。

僕はここからアンプラグドの可能性もライフワークとして追求していきます。せっかく電気の大切さ必要性に気づけたのだからこれを一時の感覚で終わらせてしまうのは根本的には意味が無いと思う。

晶ギターさんありがとう。必要なときに必要なものが必要なだけ手に入るように必要な人、楽器にも出会うのだなと再認識。

人生また一段と面白くなってきた。。

P.S.晶ギターの事務所に入ると壁一面物理学書の棚。。なぜギター屋さんなのに?と尋ねるとオーナーは昔、原子力が核融合反応(今は核分裂)での研究を主にしていた時代の研究者だったそう。。。

このタイミングでその流れを経たギター屋さんに会うなんて。。。シンクロニシティ。。。

3.11.

ある日世界は一変し、そのスイッチ一つで半ば強制的に別の次元に引き上げられてしまった様な夜にまず初めのコラムを書いてます。

3.11.

世界は一日にして変わることを同時体験した僕たちはこの先どんな世界を新たに創造するんだろう。そんなことばかり考えてます。僕はこの世界のロジックをほぼ理解してしまったと頭の片隅で知りながら今まで生きていた様な気がします。

そんなことはまるで無かった。。。もっと言えばさらに新たな世界が待っていた。

僕は今、出来る事から、出来る奴が、出来る限りやればいいのかなと感じてます。具体的に言えば、それが僕にとっては音楽という選択肢でしたがアナタにとってのベストがそれぞれあると思います。それを交換し循環する事が創造なのではないでしょうか。

Liveについても感じ方が変わりました。今は演る側も聞く側もどう表現し受け止めたらいいか分からない中でそれでも何かを知りたくて一つの空間を共有したいと感じているのかなと思います。何故なら今の僕がそうだから。

全ての表現を交換、循環させて世界を繋げて生きたいです。僕にとっては音楽や絵、そして言葉も。

コラムとは元々ラテン語の「柱」に由来し、古代ギリシャ、ローマ建築の石の円柱を指すらしい。これは僕の解釈ですが、言葉の柱という軸をしっかり建て表現していく事の重要性も今強く感じています。

世界が変わるという事は自分が変わるという事。なのかも。  

 

渥美幸裕

 

 

因みにコラムを短い論文の様な意味合いにしたのはあるイギリスの新聞社。その新聞の連載が世界初のコラムであることからその連載開始日が「コラムの日」に制定されているらしい。

その日付も 3.11.

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